エネルギーの供給と消費を評価する際には、信頼できる測定方法が不可欠であり、「一次エネルギー」はその重要な指標のひとつである。しかし、化石燃料中心の過去の慣習にもとづいたこの指標は、再生可能エネルギーへの移行は達成不可能な目標であるという残念な印象を与えかねない。また定義の一貫性にも欠け、方法論的な観点からも問題がある。本レポートでは、この問題を詳細に検証し、電化がエネルギー転換において中心的な役割を果たすことを強調する。
一次エネルギーを超えて
エネルギー転換には新しいレンズが必要だ
Zenon Research
Beyond Primary Energy
The energy transition needs a new lens
Zenon Research
元レポート 2023年7月7日
日本語翻訳 2024年3月5日
著者
Kevin Pahud
Swiss Federal Institute of Technology in Lausanne (EPFL), Switzerland / Zenon Research, Paris, France
Thomas Boigontier
Mines Paris PSL, IHEIE, Paris, France / Zenon Research, Paris, France
Greg De Temmerman
Quadrature Climate Foundation, London, England / Mines Paris PSL, IHEIE, Paris, France / Zenon Research, Paris, France Institut Louis Bachelier, Paris, France
Robin Girard
Mines Paris PSL, PERSEE, Valbonne, France / Zenon Research, Paris, France
日本語翻訳
古屋将太
Kevin Pahud, Thomas Boigontier, Greg De Temmerman and Robin Girard (2023) “Beyond Primary Energy: The energy transition needs a new lends.” Zenon Research, Paris, France.
本レポートは Zenon Research “Beyond Primary Energy: The energy transition needs a new lends.” を発行者による許可のもとで翻訳した日本語版です。英語オリジナル版と日本語版で相違がある場合は、英語版の記述が優先されます。
BOX
BOX 1. 慣習は非燃焼技術の効率にどのような影響を与えるのか?
BOX 2. エネルギーミックスへの計算の影響
BOX 3. 変換技術の効率の違い
BOX 4. 行動変容が最終エネルギーに与える影響
図表
図1. 米国2021年のエネルギー収支
図2. エネルギーシステムの概略図とエネルギーの異なる層
図3. 一次エネルギー計算法による非燃焼技術の効率係数
図4. 一次エネルギー計算法による特定の国のエネルギーミックス
図5. 2014年の世界の一次エネルギー消費量・最終エネルギー消費量・有用エネルギー消費量
図6. 蒸気、ガソリン、ディーゼル、電気エンジンの過去の効率の比較
図7. 2021年と2050年の運輸部門の最終エネルギー需要の比較
図8. 典型的な暖房技術の効率と最終エネルギー/有用エネルギー比
図9. 計算方法別世界の一次エネルギー供給の推移
図10. 風力および太陽光による世界の発電電力量(2000〜2022年)
図11. IEA ネットゼロシナリオにおける部門別最終エネルギー消費と非電力需要
図12. さまざまなエネルギー転換シナリオにおける世界の最終エネルギー需要と電力需要の推移
イントロダクション
供給であれ消費であれ、エネルギーを測定することは、政策を定義したり、エネルギー転換シナリオを評価したりする上できわめて重要である。そのためには、信頼できる測定方法が不可欠である。一次エネルギー(primary energy)は、エネルギーシステムへの供給とその推移を示すものとして、今日重要な指標である。しかし、化石燃料に支配された世界でうまく機能していたものは、主に再生可能エネルギーと電力で構成されるシステムには適していない。この指標は、私たちがまさにそこから脱却しようとしているものを基準としているのである。
したがって、一次エネルギーは過去に根ざした指標であり、かつての慣習はもはや物理的現実にもとづいていないため、陳腐化することが避けられず、より効率的なテクノロジーへの切り替えの影響を捉えることができない。実際には、一次エネルギーは化石燃料を大きく優遇しているため、再生可能エネルギーへの移行は達成不可能な目標であるという残念な印象を与えかねない。さらに、私たちのエネルギーの未来に光を当てることを目的としたさまざまな研究や報告書において、一次エネルギーの定義は組織によって大きく異なっており、方法論的な観点からも問題がある。
本レポートでは、これらの欠点をより詳細に検証することを目的とする。私たちは、エネルギー転換における電化の中心的役割を強調したい。電化は、脱炭素化とエネルギー効率の双方にとってきわめて重要である。最終的かつ有用なエネルギー測定に焦点を当てることで、これらの動態をより正確に記述することができる。
ビジュアルサマリー
エネルギー収支を定量化する方法は変わる
エネルギー収支におけるエネルギーフロー研究の対象範囲が変わる。
一次エネルギーは時代遅れである
一次エネルギー計算方法の違いが、一次エネルギー需要および一次エネルギーから電力への変換係数に影響を与える。(2050年までのIEAネット・ゼロシナリオにおける一次エネルギー統計、変換係数については、IEA、国連IRES、BP統計)
エネルギー収支とは何か?
エネルギーシステムとは、エネルギーの生産、変換、利用に関連するすべての構成要素からなる。私たちの社会を支配するエネルギーシステムを全体的に理解するためには、共通の概念的・用語的枠組みが必要である。ひとたびこの枠組みが整えば、システムのさまざまな側面を詳細に検討することが可能になる。この枠組みはエネルギー収支(energy balance)として知られている。
エネルギー収支は、エネルギー製品と経済におけるその流れに関するもっとも包括的な統計的会計ツールである。ユーザーは、環境から抽出されたエネルギーの総量、それがどのように変換されるか、そして最終的にすべてのエネルギーベクトルがどのように使用されるかを見ることができる。
これらの統計は、地域の排出量を推定したり、エネルギー変換効率を研究したり、いくつかの集計指標を開発したりするのに必要である。米国のデータを示した図1を見ると、あるセクターが特定の期間にどのような種類のエネルギーをどれだけ消費したかがわかる。例として、住宅部門(家庭)は、米国の電力消費量36.6PJの約14%を使用している。
図1. 米国2021年のエネルギー収支
図2を例にとれば、エネルギー収支は、一次エネルギー、最終エネルギー、有用エネルギーの3つの主要な層に分解することができる。これらの指標は、エネルギーがどのように消費され、変換されるかだけでなく、エンドユーザーまでの変換経路にそったエネルギー損失を捉える。
図2. エネルギーシステムの概略図とエネルギーの異なる層
しかし、エネルギー収支は計算の枠組みであり、全体として見る必要があることを理解することが重要である。エネルギー収支の各段階における個々のエネルギー指標は、明確な洞察を提供するが、枠組みを参照せずにデータを使用する際には、慎重な理解が必要である。
世界のエネルギー収支を見ると、現在のエネルギーシステムは非常に非効率的であることがわかる(つまり、ほとんどのエネルギーがエンドユーザーレベルで棄却されている)。2021年の米国を例にとると、エネルギーの67%が何の役にも立たずに失われている。これは、1ジュールのエネルギー使用につき2ジュールが無駄になっているのと同じことである[1]。このことは、エネルギー消費を削減し、環境フットプリントを削減するために、重要な効率化が可能であることを示唆している。
エネルギーの異なる層
1. 一次エネルギー
一次エネルギーは、変換される前の段階で、システム内で使用可能なエネルギー供給量の全体をあらわす。これは、直接使用されないエネルギーも含まれているため、環境中に存在する資源に含まれるエネルギー、経済全体で使用される投入エネルギーに相当する。主な利点は、エネルギーシステムの熱損失を説明できることである。
一次エネルギーは直接測定することができない。一次エネルギーは、データの信頼性を確保するために、統計上の慣習に従って決定される。化石燃料とバイオマスに関する慣習は非常に単純で、一次エネルギーは、燃焼発熱量で定義された物理単位で、コモディティ収支の換算から導き出される。水の気化エンタルピーを含めるか含めないかの選択が可能であり、その選択によって、含まれるエネルギーは、固形燃料と液体一般燃料で約5~6%、天然ガスで約10%影響する[2]。
非燃焼エネルギー資源(再生可能エネルギーと原子力)、特に発電については、一次エネルギー等価値を計算するための異なる慣習として、特定の換算係数で置き換える方式(Substitution)、直接等価方式(Direct Equivalent , DE)、物理的エネルギー含有量方式(Physical Energy Content , PEC)が存在する。どの方式を選択するかによって、一次エネルギー供給ミックスにおける非燃焼エネルギー資源の割合は変化する。
置き換え方式
置き換え方式は、非燃焼エネルギー資源が、従来の火力発電所で同量のエネルギーを生産するのに必要な一次エネルギーを見積もるものである。等価一次エネルギーは、現在の火力発電所の発電効率の平均的指標である等価燃焼熱量(Equivalent Heat Value of Combustion , EHVC)効率を用いて計算される。これは主にBP社(現在はエネルギー研究所)が使用している[3]。この方法は、適切な熱効率換算係数の選択や、非燃焼技術の仮想的な熱損失の表示に関して困難がともなう。
直接等価換算方式
直接等価換算方式は、すべての非燃焼エネルギー源について、一次エネルギーから二次エネルギーへの変換効率を1とするものである。その限界は2つある。非従来型エネルギー源の増加は、エネルギーシステムの見かけ上の効率改善をもたらすだけでなく、そのようなテクノロジーの実際の変換効率は100%よりかなり低いという事実である。この方法は、主に国連統計[4]やIPCC報告書[5]などの文献で用いられている。
物理的エネルギー含有量方式
物理的エネルギー含有量方式は、すべての非熱エネルギー変換設備に対して、直接等価アプローチによるハイブリッド方式を採用している。非熱発電所の効率が1であるのに対し、非燃焼式火力発電所(太陽熱、原子力、地熱)は、それぞれに変換効率が与えられる。これは、IEA [6]、OECD [6]、Eurostat [7]などの機関で使用されている。
BOX 1
慣習は非燃焼技術の効率にどのような影響を与えるのか?
特定の慣習を選択することで、特定の発電技術が異なるエネルギー変換係数をもつことになり、異なるエネルギー供給インプットにつながる[8]。電気(最終エネルギー)から一次エネルギーへの変換は方式次第で変わることになる。
一例として、原子力の効率は、置き換え方式では0.41(現在)、直接等価方式では1、物理的エネルギー量方式では0.33である。したがって、2021年の総発電電力量が2,780 TWhであった原子力エネルギーは[9]、置き換え方式、直接等価換算方式、物理的エネルギー含有量方式をそれぞれ用いると、6,837 TWh、2,780 TWh、8,411 TWhの一次エネルギー投入量に相当する。
注:BPによれば、置き換え方式の場合、火力発電所の効率は上昇することが見込まれており、図3の区間は下限が1965年、上限が2050年の効率を表している。
図3. 一次エネルギー計算法による非燃焼技術の効率係数
データ出典:[3] [4] [6]
BOX 2
エネルギーミックスへの計算の影響
一次エネルギー計算には大きな違いがあるため、異なる統計ソース間で報告された一次エネルギーデータを使用し比較する際には注意が必要である。一国のエネルギー供給ミックスに占める化石燃料の割合は、計算方法によって大きく異なる可能性がある(特にフランスやスウェーデンのように水力や原子力の割合が高い国の場合)。このため、エネルギー供給目標、特に一次エネルギーに占める化石燃料の割合に偏りが生じる可能性がある。
図4を見ると、選択した一次エネルギー換算方式によって、再生可能エネルギー(または化石燃料)の割合が大きく異なることがわかる。このことは、例えば、排出削減よりも気候変動緩和を目的とした政策として、国の一次エネルギー供給に占める再生可能エネルギーの割合を定めた場合、大きなマイナスとなる可能性がある。
図4. 一次エネルギー計算法による特定の国のエネルギーミックス
データ出典:BP Statistical Review of World Energyより再加工 [10]
2. 最終エネルギー
最終エネルギーとは、消費者がエネルギーについて語るときに言及するものである。最終エネルギーとは、消費者がその対価として支払うエネルギーのことであり、家庭で使用する従量制の電気や、ガソリンスタンドで購入するガソリンのことである。最終エネルギーは、小売時点で分配されるものであるが、(例えば薪のように)エンドユーザーが直接回収することもできる。この場合、最終エネルギーと一次エネルギーは似ている[11]。
最終エネルギーを供給するエネルギーキャリアは、そのエネルギー密度、輸送と流通のしやすさ、そして最終的には汎用性から選ばれることが多い。電気は、他のエネルギーに効率よく変換でき、輸送も非常に簡単であるため、もっとも優れたエネルギーキャリアのひとつである。
最終エネルギーは直接使用されるのではなく、特定の最終利用技術を通じて必要なサービスを提供するために変換される。
3. 有用エネルギー
有用エネルギーとは、最終エネルギーが最終利用技術によって変換された後に得られるものであり、必要なサービスを提供するエネルギーである。電気コンロで食事をつくる場合、最終エネルギー(電気)を使用し、それを熱(有用エネルギー)に変換する。そのため、最終利用技術の出力として測定される。しかし、その分散的な性質と機械の多様性により、有用エネルギー消費を世界規模で定量化することは難しい。
エネルギーシステムの末端に位置するのがエネルギーサービスであり、照明、温熱、調理等といった人間のニーズを満たす上で役に立つエネルギーを利用する。薪をたくさん燃やせる煙突があっても、家の断熱が悪ければ温熱の面では不快感が残る。エネルギーサービスは、提供されるサービスの質を示すものであり、有用エネルギーとは異なる。
エネルギーサービスは「さまざまな技術、インフラ(資本)、労働力(ノウハウ)、材料、エネルギーの形態と運搬手段の組み合わせの結果」[12]であるため、定量化することはさらに難しい。消費者の視点に立てば、重要なのはエネルギーサービスの質とコストである。どのエネルギーキャリアや「上流」の一次エネルギー資源がインプットとなるかは、あまり重要ではないことが多い。
かつてエイモリー・ロビンスが言ったように「人々が欲しいのはエネルギーではなく、熱いシャワーと冷たいビールなのだ」[13]。有用エネルギーとエネルギーサービスは、まさにそれを定義している。したがって、有用エネルギーとエネルギーサービスを定量化することは、私たちの環境を変革し、最終的に物事を実行する能力を条件づけるものとして、特に重要である。利用可能な有用エネルギーは、最終的に利用可能なエネルギーのレベルに依存するが、システムの効率にも依存する。効率を向上させることは、同じ最終エネルギー量で利用可能な有用エネルギー量を最大化することにつながる。あるいは逆に、最終エネルギー消費を減らしながら、同じエネルギーサービスを保証することもできる。
現在のエネルギーシステムはサービスを中心に駆動する一方で、エネルギーフローは資源の利用可能性と変換プロセスによって駆動される。これは、エネルギーシステムを切り離して分析することはできないことを理解するカギである。
効率がエネルギー収支に与える影響
効率とは、システムのエネルギー入力に対するエネルギー出力の比率である。これは熱力学の第一原理から生まれたもので、エネルギーは失われることも創られることもなく、ある形態から別の形態に変換されるだけであり、変換のたびに損失が生じるというものである。世界のエネルギーシステムを見ると(図5)、一次エネルギーに対する有用エネルギー効率はわずか35%であり、消費された一次エネルギーの2/3は、さまざまな変換で失われている[14]。
図5. 2014年の世界の一次エネルギー消費量・最終エネルギー消費量・有用エネルギー消費量
歴史的に見れば、効率の向上は、より強力な機械の開発を可能にし、以前には利用できなかったより良いサービスや新しいサービスを提供することを可能にした。例えば、飛行機のエンジンの効率向上は長距離旅行を可能にし、マイクロチップとLCDパネルの改良は、100倍近く少ないエネルギー消費で、15種類以上の最終使用機器(カメラ、電話、電卓…)の代用となる、ポケットに収まるデバイスであるスマートフォンの出現を可能にした[15]。
エネルギーシステムの全段階における効率改善は、末端でのエネルギーサービスの質を維持しつつ、最終的なエネルギー消費を削減するもっとも効果的な手段のひとつであると一般的に考えられている(化石燃料の消費量が減り、インフラの建設も少なくて済む…)。
効率向上には2つの方法がある[16]:
- 変換システムによる効率改善
- パッシブシステムによる効率改善
さらに重要なのは、エネルギー変換装置やプロセスの効率だけでなく、一次エネルギーからエネルギーサービスまでのエネルギーチェーン全体の効率である。
変換装置
電化は、GHG排出量を削減するだけでなく、変換装置のエネルギー効率を向上させる非常に効果的な方法である。例えば、電気エンジンの効率は内燃エンジンに比べて優れているため、現在と同じ駆動力を供給するのに必要な最終エネルギーははるかに少なくて済む。図6は、さまざまなタイプのエンジンのエネルギー効率の推移を示している。
図6. 蒸気、ガソリン、ディーゼル、電気エンジンの過去の効率の比較
タンクから車輪までの距離 / データ出典:[17] [18] [19]
電化の影響と、それにともなうエネルギー消費の減少をよりよく把握するために、2021年の世界の運輸部門の最終エネルギー消費量と、「世界エネルギー見通し2022」で更新されたIEAの「2050年までのネット・ゼロ」シナリオによる予測値を比較することができる(図7)[9]。
図7. 2021年と2050年の運輸部門の最終エネルギー需要の比較
EVモビリティの台頭により、2021年にはわずか1%だった最終エネルギー消費量に占める電力の割合は、2050年には48%を超えると予想される。2050年までに旅客数は約2倍に、貨物輸送量は現在の2.5倍に急増し、世界の乗用車保有台数は2020年の12億台から2050年には20億台近くに増加する。
したがって、運輸部門で利用可能な有用エネルギーとエネルギーサービスは増加するが、最終エネルギーは電化によって減少する。しかし、2050年の電力消費量は大幅に増加するため(2021年の1EJに対して37EJ)、需要を満たすために新たな低炭素電力生産能力を迅速に導入する必要がある。
パッシブシステム
電化や変換装置の効率とは別に、システムの統合的アプローチを考慮し、パッシブシステムに焦点を当てることで、効率向上も実現できる。
パッシブシステムとは、変換装置と変換装置の間をつなぎ(エネルギーキャリアの輸送)、有用エネルギーが供給されるすべてのシステムのことである。
BOX 3
変換技術の効率の違い
電化により、熱供給は輸送よりもさらに大きな効率向上をもたらすだろう。
実際、ヒートポンプの効率は、現在の最高クラスのガスボイラーよりもはるかに高く、ガスボイラーが90%であるのに対し、ヒートポンプは400%にも達する[22]。
低炭素技術を比較する場合であっても、効率は基本中の基本である。フランスにあるすべての電気ストーブをヒートポンプに置き換えれば、その平均性能係数(COP)は2020年の数字で約2.3である[20]。さらに明白なこととして、再生可能エネルギー電力で水を電気分解して水素を製造する場合、水素を使った暖房にはヒートポンプの6倍近い電力が必要となる。
照明に関しては、照明器具のエネルギー使用効率は世界平均で4%と算出されており、CFLや発光ダイオード(LED)のような20%を超える先進技術をはるかに下回っている[21]。
図8. 典型的な暖房技術の効率と最終エネルギー/有用エネルギー比
データ出典:[23]
エネルギー転換期におけるエネルギー収支の未来
1. 一次エネルギーは時代遅れ
一次エネルギーの概念は、その計算方法に限界がある。上述した一次エネルギーの計算方法の違いは、統計における不燃性エネルギー源の計上方法の違いの概略である。原子力と再生可能エネルギーではその差が大きいため、計算方法は一次エネルギーの構成に影響を与える。このこと自体が、一次エネルギー指標の決定的な限界である。
これは、異なる統計や分析を比較する際の大きな混乱の原因であり、エネルギー消費の削減、エネルギー効率、エネルギーミックスにおける化石燃料の割合など、エネルギーに関連する潜在的な政策を損なう可能性がある。
将来のエネルギー大転換を考えると、低炭素エネルギー源がエネルギーの大半を供給することになり、その結果、電気と非燃焼熱エネルギーが中心的に供給されることになる。現在のエネルギー使用量において異なる計算方法間の差はわずかなものであったとしても、可燃性エネルギー源の割合は減少するため、そのギャップがさらに大きくなることにつながる。今後、エネルギーシステムが進化するにつれて、実質的な物理的等価性を持たない統計的に定義された一次エネルギーという概念そのものが、ますます限界をもつようになる。
図9は、同じシナリオの最終エネルギー需要と有用エネルギー需要について、3つの計算方法による乖離が拡大することを示している。2050年には、物理的なインフラは同じであるにもかかわらず、一次エネルギー消費のレベルは2倍も異なっている。これは、将来のエネルギーシステムにおいて一次エネルギーを使うことの限界を明確に示している。このような重要な計算上の曖昧さは、最終エネルギーや有用エネルギー(電力ミックスと同様)には影響しない。さらに、再生可能エネルギーの需要を置き換え方式で一次エネルギーに換算すると、需要がインフレになる危険性があり、この課題は克服不可能と思われる。
図9. 計算方法別世界の一次エネルギー供給の推移
例えば、住宅は熱のパッシブシステムであり、熱エネルギーが壁を通して放散されるのに時間がかかる場合(つまり、住宅の断熱性が高い場合)には効率的である。
そのため、効率は変換装置の効率だけの問題ではなく、パッシブシステム設計の問題でもある。電気自動車はガソリン自動車よりもはるかに効率的だが、車両の軽量化、空気力学の改善、転がり抵抗の少ないタイヤの使用なども、交通システムの効率を向上させる方法のひとつである。
パッシブシステムを改善するだけで、多くのエネルギーを節約できることから、住宅分野も良い例である。例えば、IPCCは、第6次評価報告書WG3の中で、新築建物と改修建物の両方にパッシブハウス基準を適用することで、年間冷暖房エネルギー需要が従来に比べて75〜95%削減されると見積もっている[23]。最終的に、既知の工学的ベストプラクティスをパッシブシステムに適用することで、Cullen et al.(2011)は、有用なエネルギー消費を73%も削減することが可能であることを示した[16]。変換装置の効率改善の可能性を評価したところ、世界の需要側オプションにおける削減可能性の見積もりは85%となる。したがって、パッシブシステムを改善することで、多くのエネルギーを節約し、地球環境フットプリントを削減することができる。
一次エネルギー計算は、効率的なテクノロジーを過小評価している。異なるエネルギー源の需要を一次エネルギーの単位で比較することも、非熱的再生可能エネルギーの実質的な貢献、すなわち使用時点での電化を著しく過小評価することになり、誤解を招く。これらのテクノロジーは、非常に非効率的な火力発電に依存しないため、棄却されるエネルギーを削減することができる。
こうした過小評価は、今日の一次エネルギーにおける化石燃料のシェアに関する、よくある誤謬につながる。つまり、今日燃やされている石炭、石油、ガスに含まれるすべてのエネルギーを、再生可能エネルギーで1対1で置き換えなければならないという仮定であるが、これは誤りである。捨てられているエネルギーまで代替する必要はないにもかかわらず、それらが一次エネルギー需要全体の中で大きな割合を占めている。電化は火力発電よりも効率的であるため、重要な対策なのである。
一次エネルギーが置き換え方式で決定される場合、この過少表示効果はさらに悪化する。前述したように、この方法は、化石燃料による発電の代替を示すものである。仮に発電所の効率が現在の40%から2050年までに45%に上昇すると仮定すると[3]、同じ化石燃料による生産を代替するためには、0.5%以上の成長率が必要となる。これは、図10に示されるように再生可能エネルギーがエネルギー供給において指数関数的な成長率をもっているにもかかわらず[9]、再生可能エネルギーによる進歩を矮小化し、問題を解決不可能に見せている。
図10. 風力および太陽光による世界の発電電力量(2000〜2022年)
データ出典:[26]
2. 電化は最終エネルギー消費の削減につながる
脱炭素化されたシステムにおいて、一次エネルギーをエネルギーの尺度として利用することは洞察に値しないことを考えると、最終エネルギーと有用エネルギーのケースを見ること、そしてそれらの進化が、世界のエネルギーシステムの急激な変革(これはまだはじまったばかりである)によってどのような影響を受けるかを見ることが、より適切であるように思われる。
この変革は、主に、すべてのエネルギー部門にわたる大規模な電化によっておこなわれる。その一例として、IEAのネットゼロシナリオ(図11)を見ると、世界の最終エネルギー需要に占める電力の割合は、2021年には20%であったのに対し、2050年には52%に達すると予測されている。前述したように、運輸部門は、電気自動車の普及率が高く、電化がもっとも進むと予想されている。最終エネルギーの約50%を供給しているにもかかわらず、2050年までに電力は有用エネルギーの3分の2を供給することになる[9]。
図11. IEA ネットゼロシナリオにおける部門別最終エネルギー消費と非電力需要
しかし、セクターによっては、電化が当面不可能であったり、費用対効果が低い場合もある[9] [27]。一例として、エネルギー集約型産業のエネルギー需要の約50%は、電化がより困難な高品位のプロセス熱(400℃以上)である[28]。ほとんどのテクノロジーは存在し、産業界で確立されているが、その導入はコストによってかなり制限されている[27]。代替エネルギーのベクトルは、長距離輸送をリードし[29]、既存の地域熱供給ネットワーク(これは戦略的資産である)も、ヒートポンプの必要性を減らすかもしれない。あるいは、単純に産業用原料が電化できないため、非電化需要の割合が増える。
効率が最終エネルギーに影響を与える。電化を進めると、前述のように、電気をベクトルとして使用するプロセスの効率が高まるため、機械的に最終エネルギー消費量の減少につながる。したがって、(有用エネルギーからエネルギーサービスへの変換効率は上がらないと仮定して)エネルギーサービスを一定に維持しながら、電化によってエネルギー消費量を減らすことができる。したがって、エネルギーシステムの電化を推し進める政策選択を支援することはきわめて重要である。IPCCシナリオ、低エネルギー需要シナリオ(LED)、IEAシナリオのいずれを見ても、最終エネルギーから有用エネルギーへの変換効率を向上させる技術転換策によって、電力消費、ひいては最終消費に占める電力の割合は、各部門で大幅に増加する。すべてのシナリオは、電力が最終エネルギー消費の最低42%に達する経路を示している。IEAは52%、LEDシナリオは55%、IPCCシナリオの中央値は46%を見込んでいる[9][15][23]。最終エネルギー消費レベルの違いは、ほとんどが各シナリオのスコープの違いによるものである。
IPCCのシナリオが二酸化炭素除去技術(CDR)に重点を置いているのとは対照的に、IEAは再生可能エネルギーと効率化対策に重点を置いている(このテーマに関するZenonの報告書を参照[30])。
LEDシナリオは、高い電化率を維持しながらも、有用エネルギー需要の削減をより重視している。
これは、それぞれの移行シナリオがまったく異なる社会経済経路を描きつつも、電化には強力な利点があることを示している。これらのシナリオにおける最終エネルギー消費量と電力消費量の予測を図12に示す。
図12. さまざまなエネルギー転換シナリオにおける世界の最終エネルギー需要と電力需要の推移
総最終エネルギー需要に占める電力の割合を算出 / データ出典:[9] [23] [15]
いずれにせよ、人類のエネルギー消費を削減しようという意志が、新たな再生可能エネルギー容量の建設を妨げてはならない。実際、GW単位で再生可能エネルギー容量が増えるごとに、新たな最終用途の電化や水素などの低炭素燃料の生産が可能になり、それにともなう排出量が削減される。したがって、再生可能エネルギーを拡大し、電化を推し進める努力は、減速するよりもむしろ強化されるべきである。
効率化は、エネルギー消費を削減し、世界の排出量を削減するためのもっとも効果的な方法であるにもかかわらず、システムの規模が大きいため、よりクリーンで効率的なテクノロジーを普及拡大するには時間がかかる。ストックの入れ替わりやクリーンエネルギーテクノロジーの開発を待つまでもなく、IPCCの報告書で需要側緩和と定義されている需要の回避とユーザーの行動変容という2つの要因を通じて、現在の排出集約型資産のストックからの排出量を削減することができる。
例えば、サーモスタットの温度を下げることは、部屋に供給される熱の有用エネルギー量を減らすための選択である(ユーザー側での変化)。その結果、暖房機器の電力として消費される最終的なエネルギーが削減される。IEAの試算によると、家庭、オフィス、その他の商業ビルにおいて、冬場のサーモスタットを19~20℃以下に設定することで、化石燃料を使用する既存のボイラーからの累積排出量を2030年まで10%削減することができ、クリーン暖房への改修に必要な時間を確保することができる[31]。
さらに、2050年までにほとんどの最終用途が電化されるとしても、それまでに排出量を削減するための低炭素技術がまだ不足している分野もある。例えば、2050年までに長距離の飛行機移動が低炭素化されるとは考えにくいため、このセクターがネットゼロに到達するためには、特に先進経済国において、フライト回数を減らすことが極めて重要になる[29]。
IEAは、2050年にはこのセクターからの排出量の40%にあたる約170トンのCO2を削減できると見積もっている[31]。
しかし、効率向上はリバウンド効果につながる可能性もあり、その結果、これらの改善がエネルギー消費に与える影響を減少させることになる。Brockway et al.(2021)は、異なる国やセクターのエネルギー効率改善について同じモデルを使用した21件の研究をレビューし、経済全体のリバウンド効果を研究している。その結果、平均推定リバウンド率は58%、中央値推定リバウンド率は55%となり、これは、モデル化された効率改善による潜在的なエネルギー節約の半分以上が達成されなかったことを意味している[32]。
彼らはまた、経済全体のリバウンド効果を推定するためにさまざまな方法を用いた12件の研究を調査し、平均71%のリバウンド効果を推定している。したがって、全体としてみれば、経済全体のリバウンド効果は、エネルギー効率の改善による潜在的なエネルギー節約の半分以上を侵食するという一貫したメッセージを提供している。
しかし、リバウンド効果は一般に、効率性の向上によってサービスのコストが低下したときに現れる。エネルギー転換の場合、少なくとも短期的には、初期投資が結果として得られる経済性よりも大きくなる可能性があるため、必ずしもそうなるとは限らない[33](例えば、現時点では、電気自動車は1kmあたりのコストが低くても、総所有コストはガソリン自動車よりも高い[34])。
BOX 4
行動変容が最終エネルギーに与える影響
排出量の急速な削減のためには充足対策が必要だが、エネルギー消費に与える影響は、電化のおかげもあって、効率向上に比べれば相対的に小さい。
実際、IEAは、2050年までのネットゼロに向けたロードマップの更新において、効率化対策に強い焦点を当てており、効率化によって、2050年までに、産業部門では15%(85EJ)、建築物では35%(85EJ)、運輸部門では37%(97EJ)もの最終エネルギーが削減されると見積もっている一方、行動変容によって、これらの部門で削減される最終エネルギーは、それぞれ11%、12%、11%に過ぎないとしている。
最終的には、効率化が最終エネルギー消費総量の27%削減に寄与すると予想されるのに対し、行動変容は11%に過ぎない[9]。
図13. 2050年までの最終エネルギー需要に対する効率と行動変容の影響
注:行動変容には、ユーザー側での変化と需要の回避が含まれる。効率にはエネルギー効率化と燃料転換が含まれる。 / データ出典:[9]
結論
エネルギー転換とは、基本的に化石燃料の燃焼に大きく依存したエネルギーシステムから、非燃焼方式で生産される電力により依存したシステムへの転換である。一次エネルギーという概念は、化石燃料をベースとするシステムには適していたが、新たに出現する新しいシステムを正確に表現するものではない。最終エネルギーもしくはより適切な有用エネルギーを用いることで、エネルギー転換をより正確に捉えることができる。現在の一次エネルギーの2/3以上が無駄に失われていることを考えると、この指標の使用は、現在のシステムを1対1で合わせる必要があるという誤った印象を与える。
エネルギーミックスにおける電力の役割が高まる(ほとんどのシナリオで約50%以上)ことは、最終エネルギー消費を削減する強力な効率化ももたらす。効率は、特定の変換レベルだけでなく、システムレベルでも考慮されるべきであり、大幅な向上が可能である。これらの利点を補完するために、需要側で多くの対策を講じることで、消費量をさらに削減することができる。
参考文献
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